2008年07月07日

洞爺湖ウィンザーホテル

洞爺湖.jpg一度、行って見たいホテルです。http://www.windsor-hotels.co.jp/toya/



 主要国首脳会議(洞爺湖サミット)は7日昼、主要8カ国(G8)とアフリカ7カ国の首脳による拡大会合を開き、開幕した。地球温暖化、原油や食料価格の高騰などの難題が世界経済の先行きに影を落とす中で、今回のサミットは新興国やアフリカ諸国の首脳を交えて議論を交わす。温暖化対策では日米英3カ国と世界銀行が今夏にも設立する基金に、ドイツ、フランスなどが加わる方向で調整に入った。アフリカ向けの緊急支援策も打ち出す。 初日のアフリカ首脳との拡大会合にはG8と南アフリカ、セネガル、アルジェリアなど7カ国が参加。アフリカの持続的発展に向けた開発支援の在り方や食料問題などを議論し、G8首脳会議での討議に反映させる。会合には国連の潘基文(バン・キムン)事務総長や世界銀行のゼーリック総裁らも参加している。 その後、サミットは8日にG8による会合を開催。9日には中国、インド、ブラジルなどを加えた計16カ国による温暖化に関する主要排出国会合を開く。合計22カ国の首脳の参加は、34回目となるサミット史上最大規模となる。
 足元の世界経済は景気減速と、原油・食料価格の高騰に伴うインフレ圧力増大の同時進行に直面している。世銀によると、燃料(Fuel)と食料(Food)の「二つのF」の価格高騰によりアフリカを中心に世界で1億人が極端な貧困状態に追い込まれている。 食料対策ではこれまでにアフリカでの食料増産支援や、途上国向けの支援策を国際機関と連携しながら調整する専門組織を新設することが固まった。中長期の対応だけでなく、短期の緊急支援をどこまで上積みできるかについても世銀、国連などを交えて協議する。 一方、サミット最大のテーマである温暖化対策では、2050年までに世界の温暖化ガス排出量を半減させる長期目標を各国が共有できるかが焦点。前日の日米首脳会談では米国側になお慎重姿勢がにじみ、G8首脳会議の議論に結論は委ねられている。
 地球温暖化対策に取り組む途上国に資金を贈与・融資する「気候変動基金」では日米英がすでに50億ドル規模の出資で合意。7日までに一定の条件付きで独仏の追加拠出が固まり、基金は60億ドル超に達する見込みだ。日米英はイタリアなどほかの先進国や中国、インドなどの新興国にも資金拠出を求めていく意向で、サミットで大詰めの調整を続ける。(1)世界経済(2)温暖化(3)開発・アフリカ――といった今回の主要議題はそれぞれ「相互に連関し合う地球規模の問題であると同時に家庭の問題」(河野雅治外務審議官)。G8首脳は緊迫した状況の中で、世界の危機回避へ包括的な対応策を求められる。議長を務める福田康夫首相の指導力が問われる。


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ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ (The Windsor Hotel TOYA Resort & Spa) は、北海道洞爺湖町にある大型高級リゾートホテルである。

前身は、1998年に廃業した「ザ・ウィンザーホテル洞爺」(開業時の名称は「ホテルエイペックス洞爺」)。

現在の所有者は警備会社セコムであり、一時廃業以前と同様のホテル運営会社「ザ・ウィンザー・ホテルズ インターナショナル」により運営されている。



[編集] 概要
ホテルは、標高625メートルのポロモイ山の頂上にあり、東に洞爺湖、西に内浦湾を見下ろす立地である。室料は一泊4万円前後からで、スイートは10万円前後、一泊136万円の部屋もある。宿泊客には、香港やシンガポールなどアジアの富裕層も多いという(『朝日新聞』2007年4月24日[1])。

施設には、レストラン、バー、ベーカリーなどが13店ある。それらには、 フランス・アヴェロン県にあるミシュラン・3つ星レストラン「ミシェル・ブラス (Bras) 」の支店「ミシェル・ブラス トーヤ・ジャポン」や、「摘草料理」を標榜する京都・大悲山の料理旅館「美山荘」の支店などが含まれる。

ゴルフ場、ウィンザー・グレートピーク・オブ・トーヤ(1965年開場、旧称・ロイヤルクラッシック洞爺)や、スキー場、ウィンザースノービレッジ(旧称・スノーパーク洞爺)などが併設されている。また、スパ、プール、フィットネスやテニスコートなどがある。

2002年の再開業時から、世界的なホテル協会「リーディングホテルズ・オブ・ザ・ワールド」に加盟している。


[編集] 開業までの経緯
前身は、不動産開発業者カブトデコム(札幌市)の子会社であったエイペックス社(1993年からは北海道拓殖銀行の子会社)が、総工費約650億円をかけて1993年に開業した会員制高級ホテル「ホテルエイペックス洞爺」である。

1997年、ホテル運営会社「ザ・ウィンザー・ホテルズ インターナショナル (WHI) 」(東京都港区、社長・窪山哲雄、資本金:1億6,500万円)による運営となり、ホテル名が「ザ・ウィンザーホテル洞爺」に変更された。 同年、北海道拓殖銀行が経営破綻、翌1998年にはエイペックス社も自己破産し、ホテルは廃業した。

2000年、セコムグループ・セコム損害保険の子会社であった不動産投資・管理会社「十勝アーバンプロパティーズ」(東京都)が土地・建物を約60億円で購入。施設改装後の2002年、以前同様WHI社の運営により、「ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ」として営業を再開し、現在に至っている。


[編集] 運営者
1998年の廃業以前からの運営会社であるWHI社の社長・窪山哲雄は、日本を代表するホテルマンのひとりである。石ノ森章太郎の漫画「HOTEL」に登場するマネジャー・東堂克生のモデルであるといわれる。

詳細は窪山哲雄を参照


[編集] データ
建物の規模は、地上11階、地下1階、高さ約50メートル、長さ約215メートル、延べ床面積6万3,806平方メートル、客室数398。サービスの質を保つため、予約は300室を上限としている[要出典]。敷地面積は2万8,474平方メートル。


[編集] 沿革

[編集] 1998年以前
詳細はホテルエイペックス洞爺を参照

1993年
6月9日: ホテルエイペックス洞爺開業
1997年
1月: ザ・ウィンザー・ホテルズ インターナショナル (WHI) 設立
7月: WHI社による運営開始、ホテル名称をザ・ウィンザーホテル洞爺に変更
11月: 北海道拓殖銀行が経営破綻
1998年
3月18日: エイペックス社が自己破産
3月20日: ホテルの営業を終了、破産管財人管理下となる

[編集] 2000年以降
2000年
十勝アーバンプロパティーズ社が土地・建物を購入
2001年
5月: 改修工事着工。客室数を405室から398室に変更しスイートを増室、レストランも一新。ホテル北側の駐車場に、床面積約303平方メートルのチャペルと、鉄筋3階建て延べ約1,840平方メートルのホテルマン養成学校「ザ・ウィンザー ホスピタリティ インスティテュート」を建設
11月: 梶川貴子が取締役に就任
2002年
6月1日:ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパとして開業
リーディングホテルズ・オブ・ザ・ワールド協会に加盟
9月: 「ザ・ウィンザー ホスピタリティ インスティテュート」開校
2003年
十勝アーバンプロパティーズ社、セコム本体に連結される
12月: スキー場が、「ウィンザースノービレッジ」として営業再開
2007年
4月18日: 堤田美穂が総支配人に就任
4月23日: 第34回・主要国首脳会議の首脳会議開催会場となることが発表される

[編集] サミット会議場
2008年夏に開催予定の第34回主要国首脳会議(サミット)において、首脳会議開催会場となることが決定している。

決定の理由については、設備、環境、警備のし易さに加え、セコム創業者・飯田亮の知己であり、内閣総理大臣(当時)・安倍晋三の縁戚であるウシオ電機会長・牛尾治朗の働きかけがあった(『FACTA』2007年6月号[2])と言われる。また飯田亮自身が、元首相小泉純一郎の盟友である。

同決定が報道されて以降、来客・宿泊客が増加し、ホテルは好況を呈しているという(『iza』2007年9月21日[3])。


[編集] その他
ゴルフ場の一部等、敷地の一部は、洞爺湖町に隣接する豊浦町となっている。

[編集] 関連項目
宮崎シーガイア - 同様にバブル期に計画されたリゾートであり、九州・沖縄サミット(2000年)の外相会議・会議場となった
ザ・ブセナテラス - 九州・沖縄サミットで首脳会議会議場となった万国津梁館が併設されている高級リゾート
ルスツリゾート - 第34回サミットにおいて、国際プレスセンターが設置される、北海道虻田郡の高級リゾート


ホテルエイペックス洞爺
ホテルエイペックス洞爺(ホテルエイペックスとうや、Hotel Apex Toya)とは、北海道虻田町(現在の洞爺湖町)に存在した、会員制リゾートホテルである。併設されていたゴルフ場やスキー場と併せて、「エイペックスリゾート洞爺」とも総称されていた。

北海道拓殖銀行(当時)による乱脈投資の舞台となり、同行経営破綻後の1998年に廃業した。廃業時の名称は「ザ・ウィンザーホテル洞爺」。

2002年、「ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ」として営業を再開した。



[編集] 概要
バブル期に日本国内外で大規模なリゾート開発を行った建設不動産会社・カブトデコム(札幌市)の子会社「エイペックス(Apex)」(1985年設立、旧社名・甲観光)が計画、完成させた大規模リゾートホテルである。併設されていたゴルフ場「ロイヤルクラッシック洞爺」や、スキー場「スノーパーク洞爺(洞爺スキーパーク)」などと併せた一帯は、「エイペックスリゾート洞爺」と称された。

会員制の高級ホテルとして企画されていたが、1993年の開業時にはすでにバブル経済は崩壊しており、会員権の販売は不調であった。およそ665億円といわれる総工費の多くを融資していた北海道拓殖銀行(当時)は、ホテル完成を待たずにエイペックス社を子会社化している。

1997年には、ホテル運営会社「ザ・ウィンザー・ホテルズ インターナショナル」(東京都、社長・窪山哲雄)へと運営が委託され、ホテル名称が「ザ・ウィンザーホテル洞爺」に変更された。同年、親会社である北海道拓殖銀行が経営破綻し、翌1998年3月にはエイペックス社も自己破産を申請、土地・建物等は破産管財人の管理下に置かれ、ホテルの営業は中止となった。

2000年、破産管財人はセコム損害保険の子会社である不動産投資管理会社「十勝アーバンプロパティーズ」(東京都)に、土地建物を、総工費の約1/10である約60億円で売却した。2002年、廃業前と同様の運営会社「ザ・ウィンザー・ホテルズ インターナショナル」によるホテル「ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ」として営業を再開している。

詳細はザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパを参照


[編集] 沿革
1988年
エイペックス社が建設を開始
1993年
1月 「スノーパーク洞爺」開場
3月 北海道拓殖銀行、エイペックスを子会社化
12月 ホテルエイペックス洞爺開業
1997年
1月 「ザ・ウィンザー・ホテルズ インターナショナル(WHI)」設立
7月 WHI社による運営開始、ホテル名称ザ・ウィンザーホテル洞爺に変更
11月 北海道拓殖銀行が経営破綻
1998年
3月18日 エイペックス社が自己破産
3月20日 ホテルの営業を終了、破産管財人管理下となる
2000年 
十勝アーバンプロパティーズが土地・建物を買収
2002年
6月 ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパとして営業再開

[編集] 地元自治体関係
ゴルフ場の一部等、敷地の一部は、虻田町(当時)に隣接する豊浦町にまたがっている。
ホテルが休業したことにより、各自治体は雇用対策に追われるばかりでなく、固定資産税の収入が途絶え緊縮財政を強いられた。特に、虻田町は数年間にわたり年間1億円の固定資産税が欠損状態となり、破綻寸前にまで追い込まれた。結果的に売却・精算後、滞納した固定資産税の1/3程度が納められたという。
2000年3月31日の有珠山噴火時には、豊浦町船見町にある元社宅・元独身寮が避難所として使われ、最大で1000人を超える住民が避難していた。

[編集] その他
2001年4月16日に、休止中のザ・ウィンザーホテル洞爺をロケ地とした『Gメン'75スペシャル2』が放送された



posted by porsche at 13:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | ホテル
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